大判例

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東京高等裁判所 平成8年(う)1867号 判決 1997年5月26日

本籍

大阪府摂津市千里丘東二丁目一番

住居

大阪府枚方市山之上北町二〇番一九号

会社員

阿部勝行

昭和四〇年三月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成八年一〇月一五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官増田暢也出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤文也名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官増田暢也名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、被告人を懲役一年六月(三年間執行猶予)及び罰金五〇〇万円に処した原判決の量刑は、ことに罰金刑を併科した点において重すぎて不当であるというのである。

そこで、検討するに、本件は、大阪府に住む被告人が東京都に住む明石徹と共謀の上、不正に所得税の還付を受けて自ら利益を得ようと企て、平成四年と五年の二か年分にわたり、いずれも大阪府及び奈良県に居住していた被告人の当時の勤務先の同僚(四年分一三名、五年分が四一名)から所得税の確定申告の委任を取り付けた上、同人らが賃貸用マンションを所有しているように仮装し、それに関する不動産所得に架空の欠損金を計上する方法により、同人らの所得税額が納付済みの源泉徴収税額を下回る旨の虚偽の確定申告をして、総額二六九六万一三〇〇円(四年分が六九〇万六〇〇〇円、五年分が二〇〇五万五三〇〇円)の所得税を免れたという事実である。本件は、所得税法上の損益通算制度を悪用した計画的かつ巧妙な犯行であるばかりか、他人の所得税の申告を代行して不正に還付を受けた金員の中から自らの利益を得るという詐欺罪に近い性格を有するものであって、その態様は悪質といわざるを得ず、不正に還付を受けた金額も少ないとはいえない。

被告人は、以前不動産会社に勤務していて所得税法に関する知識を有していた明石から手口を明かされて犯行に加わるよう誘いを受けた際、金欲しさに、殆ど躊躇することなく誘いに応じたものであって、犯行の経緯や動機に酌むべき点は乏しい。また、被告人は、勤務先の同僚から確定申告の委任を取り付けるという重要な役割を果たしているばかりか、一回目の犯行の成功に味をしめ、二回目の犯行に際しては、自ら発案し、しかも自分の犯行であることが発覚し難いよう同僚に委任の仲介の依頼をするなどした上で委任者の人数を増やし、犯行の規模を拡大しているものであり、さらに、被告人が不正還付額のうちから得た利益は合計七八五万九〇〇〇円もの多額に上っているものであって、その刑事責任は重いといわざるを得ない。

そうすると、本件犯行を発案したのは共犯者の明石であること、同人の勧めによって被告人が購入した賃貸用マンションの賃料収入が販売会社の倒産によって途絶えたことが被告人の犯行への加担を決意させた大きな要因になったと認められるものであって、この点に些か同情の余地があること、被告人は、事実を認めて反省の情を示していること、修正申告の上自らの負担で本税等を納付しあるいは納付すべき各納税義務者のうち六名の者に対し、各一万円を支払っていること、本件の発覚により勤務先を懲戒解雇されてある程度の社会的制裁を受けていること、前科前歴がないこと、妻と二人の子供を扶養しなければならないことなどの被告人のために酌むべき事情を十分考慮し、さらに、原判決後、二名の納税義務者に対し五万円ないし三万円を支払って示談をし、今後も可能な限り被害弁償に努める旨述べていることを考慮してみても、被告人を懲役一年六月(三年間執行猶予)及び罰金五〇〇万円に処した原判決の量刑は、罰金刑を併科した点においてもまことにやむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。論旨は、理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 佐藤公美 裁判官 杉山愼治)

平成八年(う)第一八六七号

控訴趣意書

被告人 阿部勝行

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴の趣意は以下のとおりである。

一九九七(平成九)年三月七日

弁護人 加藤文也

東京高等裁判所第一刑事部 御中

被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇万円に処した原判決は、余りに重きに過ぎ、量刑不当の違法が存する。

以下、その理由について述べる。

一 原判決は被告人に有利な次のような事情を十分に考慮していない。

1 被告人が本件事件を起こすきっかけとなった以下のような事情に鑑みれば、被告人自身、被害者としての側面を有しており、被告人に同情すべき事情が存する。

(一) 被告人は、相被告人と知り合う前は全く前科もなく、佐川急便で真面目に働いていた。被告人が本事件を起こすきっかけとなったのは、被告人が相被告人である明石徹から騙されて不動産を購入したことに遠因している。被告人は相被告人明石徹を知り合いとなる以前は、税務知識がほとんどなく、還付請求を受けて税金の一部を取り戻すことができるということも知らなかった。

(二) 被告人は、平成三年に五月ころ、株式会社オクトに勤務していた相被告人明石徹と初めて面識をもつようになり、同人から、松山のマンションを購入するよう勧誘を受けた。相被告人明石徹及び相被告人明石徹の上司であった徳永部長の被告人に対する説明は、右マンションの頭金は一二〇万円であるが、五年間その支払いを猶予するとのことであった。さらに、明石らは被告人に対し、右マンションを購入する時点で被告人は借金をすることになるが、実際に被告人は出費する必要がない、借入金の支払いは、オクトのほうで被告人が購入した不動産を借り上げ、それを第三者に賃貸して賃料収入をあげて、その賃料で被告人の借入金を支払うようにするということであった。

被告人は、相被告人明石徹らの右言を信用して右松山のマンションを購入することにしたのであり、仮に賃料収入が途絶え、自ら借入金の返済をしなければならないということであれば、右松山のマンションを購入する契約はしなかったのである。このことは被告人が当時、不動産購入、不動産市場についての知識がほとんどなかったこと、及び金銭的にも既に自宅を大阪でローンで購入し、そのローンの支払いが相当重荷になっていたことからも明らかである。

(三) ところが、その後、オクトの明石徹が被告人に対して説明し、確約したことに反し、オクトのほうで被告人が購入した松山のマンションから賃料収入をあげることができなくなり、そのため被告人自らが右松山のマンションの借入金を支払わなければならなくなってしまったのである。被告人にとって相被告人明石徹に騙されたといってもよい事態が生じたのである。右事態は被告人にとって全くの予定外のことであり、そのため被告人は急きょ松山のマンションのローンの支払いに追われることになったのである。その結果、被告人は、右松山のマンション購入の借入金の返済のためカードローンを使用して返済しなければならない状況に追い込まれたのである。被告人は当時自宅を購入したローンの支払いが毎月八万円あり、それでなくとも大変な状況にあったのである。

(四) そのため、被告人が約束に反した責任を相被告人明石徹に追求しようとしたところ、相被告人明石より、今回の犯行を持ちかけられ、背に腹はかえられないという状況のなかで、本事件を起こすことになったのである。右のような事情に鑑みれば、被告人が本件事件を起こすきっかけとなった事情において被告人には同情すべきところがあるといわなければならない。

2 被告人は、本事件を起こし、多くの人に迷惑をかけることになったことを深く反省し、一部の被害者に被害弁償をするとともに、二度と同様の問題を起こさないことを誓っていた。

二 第一審判決後に生じた被告人に有利な事情

1 被害弁償に向けてのさらなる努力

被告人は、本事件を起こしたことにより多くの被告人の職場の同僚に迷惑をかけたことを深く反省し、第一判決までに六名の被害者に対し、金六万円の被害弁償をしていた。

第一審判決後も、被害者の代表である太田顕治と連絡をとり、さらに被害弁償を進めるべく努力している。

被告人が、被害者の代表となっている太田顕治と連絡をとって示談交渉をしたところ、大阪支所にいる被害者の相当数が被告人が今回の事件を起こすことになった事情等を知り、被告人に対し宥恕の気持ちを抱いていることのことであった。他の支所の被害者の中にも、同じように宥恕の気持ちを抱いているものが相当数存するとのことであった。

被告人としては、このような事情が生じているにしろ、被害者に対し迷惑をかけたことは事実であるので、分割で被害弁償をすることの話を詰めている。平成九年三月中に新たに示談が成立したところには総額で金一〇万円の金員を支払うことにしている。被告人としては、今後も働いて継続的に分割で被害弁償をしていくことにしている。

2 被告人には、妻福美と現在小学校一年の長男一勝および幼稚園に通っている長女まゆりの二人の子どもがいる。右家族の生活は被告人が実際上ひとりでささえているのが実情である。被告人は佐川急便を解雇され、収入が激減したためローンで購入した不動産を手放さざるをえなくなった。不動産価格の下落の結果、被告人には多額の借入金しか残らない状況になっている。また、被告人の家族は被告人の実家に身を寄せてやっと生活している状況である。被告人の妻福美は現在パートに出ているがわずかの収入にしかない。被告人は、現在、中央引っ越しサービスに勤務しており、そこから毎月約三〇万円の収入を得て、それで家族の生活を支えている。

被告人の右二人の子どもはその成長期において極めて重要な時期にあり、父親の存在は極めて大切である。被告人が罰金を支払えず、労役場に留置されると、その間、父親としての役割を果たすことができなくなる。被告人としては、このような家族の状況に鑑み、改めて自己の起こしたことについて責任を感じるとともに、父親としての責任を果たし得なくなるような問題は二度と起こさないことを誓っている。

3 仮に、被告人に罰金五〇〇万円が課されれば、被告人の現在の収入状況では到底支払うことができないことは明かであり、被告人は労役場留置とならざるを得ない。

その場合は、被告人は被害者に対し被害弁償ができなくなってしまう。本件においては、被害者は既に修正申告をしており、国家には実害はない。そうであれば、被告人に被害者に対する被害弁償を最大限してもらうのは相当であり、重い罰金刑を課すと被害弁償ができなくなってしまう状況にある。

また、仮に被告人が罰金を支払うことができず、労役場留置ということになれば被告人は家族の生活をみることができなくなり、被告人の家族は生活に困窮する状況にある。

右の事情に鑑みれば、原判決の量刑、そのなかでも罰金五〇〇万円は重きに過ぎ、量刑不当の違法が存する。

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